明治のクズ男の話

えー、ひでぇ男の忘備録として。

横浜の山一つ入った農家の跡取りだったのに、顔がいいからと近衛兵を進められて独身だと嘘ついて白い馬に乗って若い娘さんたちにちやほやされた後、旧国鉄に入って、しばらくしたら部下を連れて退職して鳶の会社を興して、花街の真金町で総揚げをして遊びまわって、日が暮れると人力車で芸者衆が迎えに来るような毎日を送った挙句に不況で会社潰して先祖代々の土地をすっからかんにして、ふてくされて酒浸りしてたら胃癌で治らないってのが発覚して、隠居暮らしをさせてもらっていた息子の家の縁側で黙って首吊って、それを孫娘に発見させてトラウマを植え付けた、って明治男。

それが大祖父でした。

 

ちなみに嫁との間に子供が十三人いたけど、半分は病気やケア不足で死なせてる。そら、会社もつぶれるわって計画性の無さです。

 

ほかにも、個人名が発覚しそうなほどやらかしているわけです。特に女性関係で。写真見ると、確かにイケメンだったけど、所業が無茶苦茶すぎて、親父の借金のせいで、高等小学校を卒業してすぐにおしんばりの奉公に出された苦労娘であったうちの祖母は、あれほど清々した葬式はなかった、と、憎々しげに申しておりましたが、そらそうだわ。

おかげて、以降子孫代々クソまじめな公務員家系となりました。

そんでもって、親がこんなクズ男なのに、息子である大叔父は、真面目ないい人でさ。妹である祖母は、クズ父のせいかむっちゃ気が強い系なのに、誰にでも優しい働き者だった。

なので、遺伝と性格って何の関係もねぇよな、と、しみじみしたのを思い出した命日でした。もちろん、大叔父のほうの。

 ちなみに、大叔父も俳優のようなイケメンであった。なので、イケメン=クズではないのは確かなんだけども、ハンサムですね、と、言われると困った顔する人で、顔がいいってことが、大祖父のせいでよくない業だったんだろうなぁ、なんて写真を眺めて考えてました。なんか切ない。